大企業・中堅企業の新規事業は、既存部門との軋轢で止まりがちです。衝突を避けるのではなく、論点を分けて扱う方法を身につけることが成功の鍵になります。
この記事でわかること
- 軋轢の正体: カニバリ懸念・リソース競合など、既存事業との衝突が起きるメカニズム
- 論点の分離方法: 守るべき線と試してよい線を明確に分ける手法
- 巻き込みの段取り: 推進側が孤立しないための関係構築術
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| トピック | 既存事業との共存 |
| カテゴリ | ビジネス実践ガイド |
| 難易度 | 中級(大企業・中堅企業向け) |
既存事業との軋轢はなぜ起きるのか
カニバリゼーションの構造
カニバリゼーション(共食い) とは、自社の異なる商品やサービスが、同じ市場でシェアを奪い合ってしまう現象です。
スタートアップが新たなビジネスモデルを生み出すよりも、成熟している大企業が新たなビジネスモデルに乗り出す方が数段難しいと言われています。その要因の一つがカニバリゼーションの存在です。
軋轢の4つのパターン
| パターン | 具体例 |
|---|---|
| カニバリ懸念 | 新サービスが既存顧客を奪う |
| 顧客窓口の取り合い | どちらが顧客対応するか |
| 品質基準の衝突 | 既存の品質基準を新事業にも適用 |
| リソース優先度 | 人員・予算が既存事業を優先 |
なぜ既存事業部門は反対するのか
既存事業部門には正当な理由があります。
- 短期業績への影響: 四半期や単年度の売上・利益が評価の中心
- 設備稼働率の低下: 新サービスにより既存設備の利用が減る
- 顧客関係の毀損リスク: 新サービスの失敗が既存の信頼を損なう
論点を分けて扱う方法
衝突を避けるのではなく、論点を分けて扱うことが重要です。具体的には「守るべき線」と「試してよい線」を分離します。
守るべき線(譲れない領域)
以下は新規事業でも既存事業の基準を適用すべき領域です。
| 領域 | 理由 | 例 |
|---|---|---|
| 品質 | ブランド毀損リスク | 製品安全基準、サービス品質 |
| 法務 | 法的リスク、コンプライアンス | 契約条件、免責事項 |
| ブランド | 長期的な信頼への影響 | ロゴ使用、企業名の露出 |
| セキュリティ | 情報漏洩リスク | データ管理、アクセス制御 |
試してよい線(検証可能な領域)
以下は新規事業として独自に検証を進めてよい領域です。
| 領域 | 条件 | 例 |
|---|---|---|
| 価格設定 | 既存顧客と重ならない範囲 | 新セグメント向け価格 |
| 販売チャネル | 既存チャネルと競合しない範囲 | 新規のWeb販売 |
| 顧客ターゲット | 明確に異なる属性 | 業種、企業規模、地域 |
| 機能範囲 | 既存製品と重ならない範囲 | 新機能の先行リリース |
関係部門が納得できる落とし所を作る
ステップ1: 対象顧客の切り分けを明確にする
カニバリゼーションを防ぐ最も有効な方法は、ターゲットの差別化です。
新商品と既存商品のターゲットが重なってしまうからこそカニバリゼーションが起きます。最初から新商品のターゲットを既存商品と違うところに設定すれば、競合を避けられます。
| 切り分け軸 | 例 |
|---|---|
| 業種 | 製造業向け vs サービス業向け |
| 企業規模 | エンタープライズ vs SMB |
| 地域 | 国内 vs 海外 |
| 利用シーン | 基幹業務 vs 周辺業務 |
ステップ2: 経営トップのコミットメントを得る
カニバリゼーションの懸念を乗り越えるためには、経営層が明確なビジョンを示し、強力なリーダーシップを発揮することが不可欠です。
凸版印刷の例では、電子チラシ事業(シュフー)を始めるにあたり、工場部門からカニバリの声が上がりました。しかし全社的には、当時の社長がシュフーの推進を宣言したため、カニバリの声は上がりにくくなりました。
ステップ3: 組織の分離と統合のバランスを取る
成熟した大企業において新規事業を成功させるためには、探索ユニット(新規事業)を大組織から分離させることが重要です。
両利きの経営に成功している企業は、別の地にオフィスを作ったり、フロアを分けたりと新ユニットを本社組織から物理的に切り離していました。
一方で、既存事業で獲得した資源や情報、技術といったものが新規事業ユニットからも十分にアクセスできることで、ベンチャーやスピンアウトと比べて競争優位に立つことができます。
巻き込みの具体的な段取り
中堅社員(ミドル層)を味方につける
オープンイノベーションが進んでいくと、重要な役割を担うのがコーディネーター役のミドル層です。
全社に幅広いコネクションを持っている中堅社員が、全社を巻き込めるかがポイントです。巻き込み力が弱いと、担当者ばかりがコミットして、現場社員の不満ばかりが大きくなることもあります。
情報共有の仕組みを作る
ある程度の事業規模にある場合は、ナレッジマネジメントシステム(KMS) などの導入を検討すると良いでしょう。
新商品を開発する際に、既存の商品情報やターゲット層のデータを適切に活用すれば、ターゲットの重複や競合する商品設計を回避できます。
段階的な巻き込みスケジュール
| フェーズ | 対象 | 目的 |
|---|---|---|
| 企画段階 | 経営層、法務 | 方向性の承認、リスク確認 |
| 検証段階 | 既存事業部門長 | カニバリ確認、条件合意 |
| 拡大段階 | 営業、カスタマー | 実務レベルの連携開始 |
戦略的カニバリゼーションという選択
自らカニバリを起こす発想
カニバリゼーションを完全に避けるのではなく、それを戦略的に管理し、むしろ成長の糧とする発想も重要です。
自社の既存製品・サービスが陳腐化する前に、より優れた新しい製品・サービスを自ら投入し、市場の主導権を維持する戦略があります。
Appleの事例
AppleはiPodからiPhoneへのシフトで、自らのヒット製品を新製品で置き換えました。競合に奪われる前に自ら市場を再定義する、能動的なアプローチです。
いつ戦略的カニバリを選ぶか
| 状況 | 判断 |
|---|---|
| 市場の変化が速い | 戦略的カニバリを検討 |
| 競合が新領域に参入しそう | 戦略的カニバリを検討 |
| 既存事業の収益が安定 | 慎重に検討 |
| 既存顧客の移行が容易 | 戦略的カニバリを検討 |
よくある質問(FAQ)
Q1. 既存事業部門との会議で対立が激化した場合、どうすればいいですか?
対立の論点を明確に分解してください。「守るべき線」については既存部門の意見を尊重し、「試してよい線」については検証期間と判断基準を提示して合意を目指します。感情的な対立は、具体的な数字と期間の議論に置き換えることで緩和できます。
Q2. 経営トップが新規事業に無関心な場合は?
トップの関心を引くには、既存事業の将来リスクと新規事業の機会を結びつけて説明します。「やらないリスク」を具体的に示すことで、関心を引き出せることがあります。
Q3. 既存事業の営業部門が顧客接点を渡してくれない場合は?
まず新規事業専用の顧客開拓チャネルを構築することを検討します。既存チャネルに依存しない形で初期顧客を獲得し、実績を作ってから既存営業との連携を提案する方がスムーズです。
Q4. 品質基準の適用で時間がかかりすぎる場合は?
品質基準を「リリース時点で必須」と「将来的に対応」に分けます。顧客への影響が大きいものは必須、内部プロセスは将来対応として、リリーススピードと品質のバランスを取ります。
Q5. 新規事業チームが既存部門から孤立しています。どうすればいいですか?
定期的な情報共有の場(週次報告、月次報告会)を設定し、既存部門が新規事業の進捗を把握できるようにします。また、既存部門からの出向者を1名でも入れることで、橋渡し役を確保できます。
まとめ
主要ポイント
- 論点を分けて扱う: 守るべき線と試してよい線を明確に分離し、議論を整理する
- 経営トップのコミットメント: カニバリ懸念を乗り越えるには、トップの明確な支持が不可欠
- 組織の分離と統合: 物理的に分離しつつ、既存資産へのアクセスは確保する
次のステップ
- 現在の新規事業で「守るべき線」と「試してよい線」を整理する
- 既存部門のキーパーソンを特定し、個別に話を聞く
- 経営層への報告資料に「既存事業との関係」セクションを追加する
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参考リソース
この記事を書いた人
yap編集室
株式会社yapの新規事業開発コンサルタントたちによる編集チームです。新規事業の仮説検証・PMF設計、営業推進に関する知見を、さまざまなプロジェクト支援の経験をもとに発信しています。