新規事業は「続ける」より「やめる」が難しいのが現実です。だからこそ、始める前に撤退基準を決めておくことが重要になります。
この記事でわかること
- 撤退判断が難しい理由: 感情・政治・サンクコストが判断を曇らせるメカニズム
- 撤退基準の設定方法: 期間・KPI・検証数など、判断に使える基準の置き方
- 学びを残す振り返り: 止めるときに「次に活かせる形」にするための記録方法
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| トピック | 新規事業の撤退判断 |
| カテゴリ | ビジネス実践ガイド |
| 難易度 | 中級(事業責任者向け) |
なぜ撤退判断は難しいのか
3つの心理的バイアス
撤退を決められない背景には、以下の3つの心理的バイアスが働いています。
| バイアス | 説明 |
|---|---|
| サンクコスト効果 | これまでの投資を無駄にしたくない |
| コミットメントの一貫性 | 自分の判断を正当化したい |
| 損失回避 | 失敗を認めることへの恐れ |
組織的な問題
個人の心理だけでなく、組織的な要因も撤退判断を難しくします。
- 起案者が頑張っているから: 精神論での継続判断
- 会社としてこれは重要だから: 曖昧な戦略的位置づけ
- もう少しで結果が出るはず: 根拠のない楽観
一番よくないのは、このような理由で撤退基準や継続基準を決めることです。
撤退基準を事前に設定する重要性
なぜ「始める前」に決めるのか
事業が上手くいかなかった場合、素早いタイミングで意思決定するために、事前に撤退基準を設定することが重要です。
判断基準が曖昧であると、会社の資金を垂れ流し続け、会社全体に悪影響を及ぼすことになります。最悪の場合、会社存続の危機に陥る可能性もあります。
撤退は「失敗」ではない
撤退は失敗ではなく、限られたリソースを最適配分するための戦略的選択と位置づけることが重要です。
撤退から得られた教訓を組織の財産として蓄積し、次の新規事業の成功確率を高めていくことが、持続的な成長につながります。
撤退基準に使える5つの指標
1. KPI・KGI達成率
KPI(重要業績評価指標) は、ゴールに向かうプロセスの達成度合いを示す重要指標です。
例えば、新規事業の立ち上げにあたり、受注数や顧客数をKPIに設定し、「3年以内に70%以上達成できなければ事業撤退」といった基準を設けておけば、大きな損害を出す前に事業撤退か継続かの判断を下すことができます。
設定例:
- 立ち上げから1年以内に月間アクティブユーザー1万人
- 達成率が70%を下回る状態が2四半期続いた場合は撤退を検討
2. 貢献利益
貢献利益とは、事業が会社に対する貢献度を図る指標です。
貢献利益 = 売上高 - 変動費 - 直接固定費
営業利益が赤字でも、貢献利益が黒字であれば、事業を撤退させる必要はありません。今後の経営次第で営業利益の黒字化も期待できます。
一方、貢献利益が赤字であれば、事業撤退を検討する必要があります。
3. 投資回収期間(ROI)
投資回収期間とは、投資した資本がどれだけ回収できているかを示す指標です。
スタートアップの場合、一般的に2〜3年以内での投資回収が目安とされています。当初計画した回収期間を大幅に超過し、今後も回収の見通しが立たない場合は撤退の判断材料となります。
4. 顧客からのフィードバック
定量指標だけでなく、定性的な指標も重要です。
- 商談の質(本気度、決裁者の関与)
- 顧客の継続意向
- NPS(推奨度)の推移
5. 市場・競合環境の変化
事業開始時の前提が崩れた場合も、撤退を検討すべきです。
- 競合による市場の独占
- 規制環境の変化
- 技術トレンドの変化
KPI設定の2つのポイント
ポイント1: 価値KPIとビジネスモデルKPIを分ける
KPIは2種類に分けて設定します。
| KPIの種類 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 価値KPI | 顧客に価値を提供できているか | NPS、継続率、利用頻度 |
| ビジネスモデルKPI | 収益化できているか | LTV、CAC、粗利率 |
価値KPIが達成できていない場合は、プロダクト自体の見直しが必要です。価値KPIは達成しているがビジネスモデルKPIが未達の場合は、価格設定や販売チャネルの見直しを検討します。
ポイント2: フェアシナリオとプアシナリオを設定する
| シナリオ | 定義 | 使い方 |
|---|---|---|
| フェアシナリオ | うまくいった場合の目標値 | この数字でアクセル |
| プアシナリオ | 最低限達成すべき数字 | この数字を下回ったら撤退検討 |
フェアシナリオとは、うまくいったらここまでいきそうだから、ここまでいったらアクセルを踏みたいという基準です。
プアシナリオは、自分たちが努力したにも関わらず数字が伸びない場合でも、最低限このくらいはいかなければいけないという数字です。
企業の撤退基準事例
サイバーエージェント
営業利益によって事業を3つにランク分けして、2四半期連続で減収減益になった場合は事業責任者の交代や、撤退することを明言しています。
また、「1年以内に収益性を見込めない場合は撤退する」という方針も掲げています。
メルカリ
撤退基準を初期の損益計算書をもとにしています。具体的にはサービスを始めて3ヶ月であれば、いくら広告費を使って、どのくらい成長したかといった数値を基準にしています。
DeNA
ある地点までの満足度の伸びやユーザー熱量といったKPIが計画に対して順調かどうかを確認します。事業継続の判断は3ヶ月に1回は実施されます。
モニタリングの頻度と方法
適切な頻度
撤退基準のモニタリングは月に一度はやりすぎですが、四半期に一度くらいのペースでみていきます。
撤退プロセス
1年やってダメなら、半年間の撤退期間を設けてユーザーへの説明と撤退シナリオに基づき、事業承継してくれる企業を探しましょう。
| フェーズ | 期間 | 主なタスク |
|---|---|---|
| 判断 | 〜1週間 | 撤退基準との照合、経営判断 |
| 準備 | 1-2ヶ月 | 顧客への通知、移行先の案内 |
| 実行 | 2-3ヶ月 | サービス終了、データ移行 |
| 振り返り | 〜1ヶ月 | 学びの整理、ナレッジ化 |
学びが残る振り返りの方法
撤退を決めた後、最も重要なのは学びを残すことです。
振り返るべき5つの項目
- 仮説は何だったか: 当初の想定を明文化
- 何がズレていたか: 想定と現実のギャップ
- なぜズレたか: 原因の分析
- 次に何を避けるべきか: 同じ失敗を繰り返さないために
- 転用できる資産は何か: 技術、顧客関係、ノウハウ
振り返りシートのテンプレート
## 撤退振り返りシート
### 基本情報
- 事業名:
- 期間:
- 投資総額:
- 撤退理由:
### 当初仮説
- ターゲット顧客:
- 解決する課題:
- 提供価値:
- 収益モデル:
### 実際の結果
- 達成したKPI:
- 未達だったKPI:
- 想定外だったこと:
### 学び
- 顧客理解について:
- プロダクトについて:
- ビジネスモデルについて:
- 組織・チームについて:
### 次への提言
- 避けるべきこと:
- 試すべきこと:
- 引き継ぐべき資産:
よくある質問(FAQ)
Q1. 撤退基準を厳しくしすぎると、成長機会を逃しませんか?
撤退基準は「絶対的なルール」ではなく「議論の土台」です。基準を下回った場合でも、明確な理由があれば継続を判断できます。重要なのは、基準なしに惰性で続けることを防ぐことです。
Q2. 経営層が撤退に反対した場合はどうすればいいですか?
データに基づいた議論ができるよう、事前に合意した基準を示します。感情論ではなく、「当初合意した基準に照らすとこうなる」という形で議論を組み立てます。
Q3. 撤退基準を設定すると、チームのモチベーションが下がりませんか?
むしろ逆です。ゴールポストが明確になることで、チームは何を達成すべきかに集中できます。曖昧な状態で「いつ終わるかわからない」ほうがモチベーションを下げます。
Q4. 撤退後、チームメンバーの処遇はどうすればいいですか?
事前にキャリアパスを明確にしておくことが重要です。既存事業への異動、新たな新規事業へのアサイン、スキルを活かせる部署への配置転換など、選択肢を準備しておきます。
Q5. ピボットと撤退の違いは何ですか?
ピボットは「顧客や課題は正しいが、解決策を変える」場合に有効です。顧客や課題自体が間違っていた場合は、ピボットではなく撤退を検討すべきです。価値KPIの達成状況が判断材料になります。
まとめ
主要ポイント
- 始める前に撤退基準を設定する: 感情や政治に左右されない判断の仕組みを作る
- 複数の指標を組み合わせる: KPI達成率、貢献利益、投資回収期間、定性指標を使い分ける
- 学びを残す形で終わる: 振り返りシートで次に活かせるナレッジを蓄積する
次のステップ
- 現在進行中の新規事業について、撤退基準が設定されているか確認する
- フェアシナリオとプアシナリオを数値で定義する
- 四半期ごとのモニタリング会議をカレンダーに入れる
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参考リソース
この記事を書いた人
yap編集室
株式会社yapの新規事業開発コンサルタントたちによる編集チームです。新規事業の仮説検証・PMF設計、営業推進に関する知見を、さまざまなプロジェクト支援の経験をもとに発信しています。